まずは自己紹介なんぞを

●出戻ったのは

  私も60年代生まれなもんですから,モチロン子供のころは戦車,車,飛行機,ロボットと,大抵のものは作りました。

ガンダムを作った頃で模型からは遠のいていましたが,それから20年ほど経った2000年,子供のお砂場セットのバケツや熊手に貼るカッティングシートを買いに立ち寄った文房具店が模型も置いていたため,ひやかしに行ったのが運のツキでした。

  知らないうちにミニスケールの新製品が沢山出ており,特に,ロシア語の書かれた黒いパッケのインジェクションキットのJSU−152を見た時は,昔,フェ○リー企画のレジン製キットを買ったものの自分の技術が追いつかず挫折したことを思い出し,トラウマ的衝動買いをしたのが出戻りのきっかけです。(未だにロシア語パッケ読めません。誰かメーカー名教えて下さい。※)

※ 工房ひで主催のひでさんに教えて頂き,PSTの旧パッケージと判明! 東欧圏は同金型のキットを別なメーカー同士が販売していたりするので,勝手にPSTではないと思いこんでいました。ありがとうございます。


●WW2,欧州戦線,陸モノオンリー

  出戻ったものの,会社から塩をもらって家族を養っている身では,おいそれとは模型に時間は割けません。値段も決して安くありませんし,貴重なお金と時間を効率よく使うため,ジャンルを限定して資本の集中投下を行うことにしました。

そこで,完成品の置き場所にも困らない,最近充実著しいミニスケールで,資料も手元にあるWW2,欧州戦線,陸モノ(これなら,筆塗りでもOKなので,エアブラシ〜昔はピースコンって言ってましたよね〜もいらないので居間でもできます。)に限定しました。


●技術は80年代

  いざ作ってみようと思ったもののほとんど浦島太郎状態で,生まれて初めてニッパーを買いました。 (イヤホント!昔はなかったんですよ。)さらには「えばーぐりーん」とかいうプラ板があることを 知り,今ではお気に入りのひとつになりました。

  こんな調子ですから,塗料はとりあえず手に覚えのあるラッカー塗料を使うことにしました。で,頭の中にあるイメージは松本州平とF・バーリンデンの両氏な訳ですから,当然,ドライブラシ全盛の技術で突き進むことになります。

  出戻り前後の大きな変化は,やはりエッチングパーツです。私は元々ミニスケの人だったのですが,ミニスケールは子供向けなのか大雑把な作りの商品が多く,ディティールマニアとしては,自作もままならない極小のパーツが再現できるというのは感激です。 これでやっと35分の1と勝負できます!(何の勝負?)


●ジオラマ?ディオラマ?ダイオラマ?

  いや,ダライラマでもバナナラマでも何でもいいんですが,単品ではなく情景模型として作ることを自分の中でのルールにしました。

 これは  @エッチングでディティールの再現をすることにより,うっかりするとパーツがポロポロとれるので 台に固定して直接車体に触れなくする必要がある。  Aプライザーという素晴らしいフィギアが入手できることもあり,車体の大きさを表現する「モノサ シ」として人物を配置したい。

 ということで,車体の年式などからおおまかな年月・場所を決めて製作しています。

ただ,師団名や連隊名を暗記しているほどの考証マニアではありませんので,車体の色調やマークなどは「こういう状況もあり得たかもね。」という程度の範囲で設定しています。

 

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